厚木ビール 望月様 インタビュー

Lambic Mochizuki-san

厚木ビールは1997年より操業しています、そしてずっと同じ場所でやっています。

日本のブルワリーとしてはこんなに長く同じ場所でやるのはかなり珍しいです。でも地元の政治家に地域のためにビールを作ってくれと頼まれただけでなく、建物も提供してくれたのにわざわざ引っ越さないでしょ?

ブルワリーは神奈川県の丹沢山系の麓にあり、創業以来、望月秀樹氏は独りでブルワリーを営んできました(他にも時々パートさんが週の間に手伝ったりしますが)。日本のブルワーとしては初めてイーストに注目した人の1人だと思われます。ランビックスタイルのビールにも。

望月氏は医療機器メーカーに勤めていた時、新婚旅行で過ごしたドイツで伝統的なスタイルのビールに出会いました。そのスタイルは今の彼らのようで、ただの当時日本で普及していた普通のピルスナーだけではなかったのです。そこでビールに目覚めた後、彼は山梨の甲斐ドラフトビールでドイツ人醸造長に醸造の基礎を教わりました。当時の彼らのビールのスタイルはヘレス、ヴァイツェン、そしてもちろんピルスナーでした。彼が酵母とビールに対する情熱を自覚したのは、新潟県湯沢のエチゴビールのガーナ人醸造長バワ・デムヤコ氏の指導の下で働いていた時でした。

Atsugi Beer Mochizuki-san

Mochizuki-san calm for a moment or two.
Photo by Ed Lemery Photography

もしどこかのビアフェスティバルで望月氏と話すが機会があったら、彼は息つく暇もなしに話すので、はつらつとした人だと分かるでしょう。酵母の話題になった時ほどそうでした。彼はエチゴビールのデムヤコ氏に開眼させられ、その重要性を認識しました。ブルワリーのそこいらにある試験管は”傾斜試験管”を作るための物でした。細い管には寒天もしくは似たようなよう培養基材、そしてわずかな酵母細胞が入っています。望月氏によれば、彼は50種の異なる株を持っていました。彼が将来のため繁殖して保存し入手するための方法です。

厚木ビールは8,000リットルの容量があり、しばらくはそのようです。ブルワリーは少し窮屈です – 望月氏は中が散らかっていることさえ謝っていました。しかし正直なところ、醸造工程や彼の仕事場のミニ研究所を見られて素晴らしかったです。厚木ビールで作られるビールの大部分は1つの領域を除いては同じでした。それは酵母です。過去に望月氏は液体イースト製造会社の大手であるWhite Labs社やWyeast社が日本から撤退したためにドライ酵母を使わざるをえませんでした。しかしながら彼の酵母コレクションのおかげで彼は自分で始められました。通常のバッチは40リットル程度ですが、これは1,000リットルバッチのために19L超えることができます。そしてそれは全て彼の小さな試験管のオリジナル酵母から作られています。

Atsugi Beer Yeast Blow Off

Just a 19L yeast starter.
Photo by Ed Lemery Photography

2000年代の中頃、Thrash Zoneのオーナーであり醸造長である勝木氏は当時駆け出しであった彼のバーのためのハウスビールを造ってくれないかと望月氏にアプローチしました。勝木氏は当時ホップ革命が始まったアメリカの旅行から帰ってきたばかりで、その革命は勝木氏にお告げを与えた悪名高いRussian River 社の Pliny the Elderによってなされました。両氏は似たようなスタイルのビールを造りましたが、望月氏はとてもはっきりと、これはコピーではなく、自分たち自身で挑戦したダブルIPAスタイルのビールであると言っていました。それはすぐに人気になり、そしてそれはいまだに厚木ビールでThrash Zoneと厚木ビールのタップルームであるランビックのために醸造されています。東京の他のバーも厚木ビールにハウスビールを造ってくれと働きかけ、Beer Pub CAMDENはCamden IPA、Good Beer FaucetsはNide Beer Yuzu Dreamがあります。

しかしながら、望月氏は自身で認めていますが、彼はホッピーなIPAが好きではありません。- Camden IPAをすすった時、信じ難い事に気が付きました。それは彼がドイツスタイルのビールにたいする愛を発見した場所ドイツに遡り、また最も興味深いこととしてランビックスタイルのビールを見つけたところでした。ランビックという名前のバー、もちろん、ランビックビールがつながっていないので変だったかもしれません。そして今ある1つのラズベリーフランボワーズは爽快でドライな質感を強調したタルトベリーの酸っぱさをもたらした。

厚木ビールは最初のオープン以来、地元の食材を使う時は、地元の物のフレーバーのビールを造ってきました。厚木のしそ(望月氏いわく日本のバジル)や厚木ハッチーなどいくつかが残り、他は苦しんだ。私の個人的に好きな厚木のスタウトは、かつて三浦半島の海水で造られていました。コストがひどくかさむ前までですが。厚木ビールの2つのハニーエール(厚木ハッチーと厚木ハニーエール)さえ両方別の神奈川県産の蜂蜜を使っています。1つは横浜でもう1つは地元厚木エリアのです。そしてもっとも複雑な醸造は、しかし、厚木の麦膳Bakuzenです。それは柿の葉、ウコン、熊笹(竹のハーブの一種)、ヨクイニンとしょうがを合わせて造ります。これらの添加物のバランスを正しく保つのには1,000リットルのバッチでは難しいが、ちょっとそれは中国の漢方薬を飲んだみたいでした。

20万の人口とアメリカ海軍の基地を抱えるこの市で、厚木ビールが市内唯一のブルワーであることは本当に驚きです。そうとしてもそれは簡単ではなかったはずです。望月氏にビールを造る場所の話をしたら、氏はここが駅近ではないことを嘆いています。現在の場所は本厚木駅から徒歩約20分ですが、それは確かに迷わずに歩いて来ての時間です。飲酒運転に関する法律が厳格で有名な日本ですがそのように、人々はランビックに来ても飲まないで帰ります。

厚木ビールがそのエリアの主なクラフトビールの醸造所の中でそんなに大きくない一方で、サンクトガーレン、彼らは現状で満足しています。この記事を読み終わる頃には、何人かは けやきひろばビール祭り行ってなぜ厚木ビール?と思ったかもしれません。他のアウトサイダーブルーイングみたいなところが出店していないのに。情報によれば、今年のそのイベントは去年そこで一番売ったところしか出店出来ないそうです。したがって、イベントに出るべき小さなブルワリーは追い出されます。望月氏は大きいとこは大々的にPRが出来てビールを売り込めるが、小さいとこは端に追いやられる。とがっかりしていました。

大阪、京都、東京の主要都市に住む人々にとって、ここ5年間に第2のクラフトビールバーのブームが到来しているが飽和点に達しているようには見えません。多くの日本のクラフトビールファンによる議論の1つの骨子は価格です。 – ビールの値段が上がり続けているためです。望月氏は彼のビールの価格への挑戦に関して心配や疑いを表明することを恐れませんでした。バーでのラージサイズの価格がたいてい1,000円であることに関して、彼はこの価格がすぐには下がらないと考えています。そして人々はこのような価格に払う余裕がないです。それはランビックで色々なビールがグラスで600~800円であり、しばらくは据え置きという理由です。若い世代が最近来るようになり、知識伝承の不足で発生するジェネレーションギャップが見られます。- もしかしたらすぐに第2のクラフトビールバブル崩壊がくるかも?

Atsugi Beer Finer Points

Discussing the finer points of the craft beer in Japan and its future.
Photo by Ed Lemery Photography

ランビックと厚木ビールの未来の話になると、望月氏は10年後にはもう自分の姿が無いのではと冗談を言いました。現在拡張やボトルを増やす計画はなく、ランビックの支店を出すつもりもないとのことです。- 彼は今の小さな規模での操業の柔軟性が気に入っています。彼は出資者ことを心配せずに彼の好きな物を好きな時に醸造できます。彼の1つの大きな問題は、1つで他の小規模醸造所が表明したことで、それはビールを売ろうとしていることです。大規模クラフトビール醸造所がマーケティング部門に投資して拡張していけば、小さいところはやがてバーやレストランに見過ごされてしまう恐れがあります。

それは業界の変遷を見過ぎた人の悲しい考えです。もしあなたがクラフトビールのバーに居るなら、よく知られているビールだけでなく、他の入ってくるビールを頼むようにしてください。

末木 広明です。

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BeerTengoku Writer

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